2011年05月07日

認識論 発展問題B



B:「アンドレ・グド=ペロは次のように述べている。『感覚受容器によって受け取られる情報――これらの情報は、大脳皮質感覚中枢によって獲得され≪記憶≫のなかに貯蓄されている知識と照合され、判断される』」とあるが、この内容について考察し、統一思想認識論の主張と軌を一にする見解であることを論証せよ
<統一思想要綱 P590-P591>











【TOALAゼミ】    12点

 彼女のこの文言は認識の過程を指す。さらに彼女は、《記憶》が二種類あると考え、「@生以前に受け取り、遺伝子の なかに含まれていた情報のような遺伝的記憶。A出生以後獲得した記憶で、意識をなすもの」だと述べた。生理学では、前者は「遺伝的記憶」、後者は「獲得した記憶」だ。一方、統一思想では、前者が「先天的原型」、後者が「経験的原型」にあたる。これらをふまえ、統一思想における認識過程と原型との関係性を見 ていく。

 認識には感性的、悟性的、理性的段階の三段階がある。まず、感覚受容器により受容された情報は、末梢神経(求心路)を経て、下位中枢(脊髄、延髄、 中脳、間脳)、そして上位中枢(大脳)へと伝達する。上位中枢へ至る際、末端における末端原映像と末端関係像は、中枢神経系の各位で選別、複合、連合さ れ、中枢原映像と中枢関係像となる。

 原映像と関係像は先天的原型とされ、経験により心の中に現れた映像は経験的原型となる。これらの複合が原型であり、認識の過程と深い関わりを持つ。

 上位中枢で最初に認識と関わるのは、脳の一次感覚野だ。感覚野の生理的過程が、感性的段階に相当し、外的自同的四位基台が形成される。主体と対象の 授受作用により、対象の内容と形式が感覚中枢に反映され、感性的認識像を形成する。主体は関心と原型を備えているが、原型はまだ認識作用には積極的に関与しない。そのため、感性的認識像は断片的な映像の集合にすぎない。

 次に、一次感覚野の情報が頭頂葉の連合感覚野に集められる。連合感覚野の生理的過程が、悟性的段階に相当し、内的自同的四位基台が形成される。そこでの主体は霊的統覚であり、対象には感性的認識像と原型の二要素がある。授受作用では、感性的認識像の内容と形式に対応する原型(中枢原映像、中枢関係像、経験的原型)が、霊的統覚により記憶の中から引き出される。そして、霊的統覚が感性的認識像と原型を対比し、照合により認識をもたらす。原型の中でも中枢関係像は、思惟の形式をもたらすことで認識に貢献する。

 さらに、連合感覚野での知覚・判断に基づき、前頭連合野において思考がなされ、創造活動が行われる。前頭連合野における生理的過程が、理性的段階に相当し、内的発展的四位基台が形成される。内的形状(対象)の中には、悟性的段階で得られた知識が貯えられている。内的性相(主体)は理性を指し、内的形状内の諸要素を対比して、新しい知識(観念、概念)を得る。新しい知識は内的形状に蓄積され、内的発展的四位基台の反復で知識は発展する。また、並行する外的発展的四位基台(実践)の反復により、得られた知識の真偽が検証されていく。

 新しい知識の蓄積は原型の発展にもつながる。さらに、細胞、組織、器官、神経、脳の発達によっても、原型が明瞭となり発展する。

 このような認識過程と原型との関係性から、彼女の主張が統一認識論と軌を一にすると理解できる。




【八ツ橋ゼミ】    10点

 アンドレ・グド=ペロの主張は、「感覚受容器で受け取られた情報」が、「《記憶》の中に貯蓄されている知識」と照合されることで「認識」が行われるということを、科学的根拠に基づいて説明したものである。

 統一認識論において、「認識」は、人間主体が対象となる万物を判断する行為と定義されており、知識の増大を伴うことから、授受作用により生成・発展のための力を生ずる必要があるとしている。また、そのプロセスは感性的段階、悟性的段階、理性的段階の三段階を経るとされる。

 まず、感性的段階においては、人間主体の関心によって、対象万物の内容と形式が人間主体の心に反映され、「感性的内容」と「感性的形式」とから成る「感性的認識像」が形成される。これは、アンドレ・グド=ペロの主張にある「感覚受容器で受け取られた情報」に相当する。

 次いでこの「感性的認識像」は悟性的段階において、人間主体の「原型」と照合され、霊的統覚という主体によって一致・不一致が判断されることで「認識」が成立する。

 ここでいう「原型」とは、「宇宙意識」「生命」などとも呼ばれる「原意識」によって反映された人間主体自身の内容と形式、すなわち「原映像」と「関係像」を統合した「先天的原型」および後天的な経験によって付け加えられた観念、すなわち「経験的原型」との「複合原型」のことである。

 アンドレ・グド=ペロの主張にある「《記憶》の中に貯蓄されている知識」がこれに(あるいは「経験的原型」のみに)相当する。

 このように、アンドレ・グド=ペロの主張は、感性的認識像が原型との照合により判断されることが「認識」であるとする統一認識論と軌を一にしている。

 なお、認識の理性的段階とは、悟性的段階を経て得られた知識を資料として、思惟作用によって新しい知識を得る段階であり、この段階での認識とはすなわち思考である。アンドレ・グド=ペロの主張はこの段階については言及していないことから、認識の悟性的段階までについて述べたものと判断し、同段階までの対比を根拠として本論を展開した。




【審査員のコメント】

 Aと同様に、統一認識論の主張と、大脳生理学的な知見が一致していることを論証する事が求められている。

 すなわち、実際の目や耳から入ってきた情報が、大脳新皮質に蓄えられている記憶と照合されて認識が行われるという点を論証できれば良いのであるが、Aと同様、高度に専門的な領域に入るため、回答者には相当なタスクだっただろう。




posted by W-CARP JAPAN(ワールドカープ・ジャパン/全国大学連合原理研究会) at 05:21| 統一思想AL 第6回 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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