2011年05月12日

歴史論 発展問題A



A:「実存主義哲学者であるヤスパースは、紀元前500年頃を前後して、シナ、インド、イラン、パレスチナ、ギリシアなどで相互に何の関係もなく、精神的指導者たち(宗教の開祖や哲人)が現れたことに注目し、その時代を『枢軸時代』と呼んだ。ほぼ同じ時代に、そのような精神的指導者たちが、互いに約束でもしたかのように世界各地に現れた理由は何であろうか。彼はそれを歴史的な秘密であり、解くことができない謎であるといった。その謎は、六数期間の法則を理解することによって解けるようになるのである」とある。この「枢軸時代」における謎を六数期間の法則をもとに考察せよ
<統一思想要綱 P481>










【TOALAゼミの回答】  16点 

 紀元前6世紀頃から、シナ、インド、イラン、パレスチナ、ギリシアにおいて、宗教の開祖、哲学者、思想家が相互に何の関係もなく出現した。実存主義哲学者であるヤスパースは、この時代を「枢軸時代」と呼び、歴史的な秘密であり、何人も理解することができない謎であるとした。なぜなら、この精神文明の飛躍はその同時性や内容の卓越という点で、人の移動や交易では説明できないからである。

 最も簡単には、その原因を「精神的創造に有利に働いた共通の社会学的条件」に求めることができる。つまり、小国家間の闘争や革命による危機、従来までの諸状態への懐疑が原因になったと考えるのである。しかし、それは事実を述べているだけであって、原因の説明とはならない。そもそも、このような社会的条件も精神的現象の一部に含まれているのである。

 ヤスパースは歴史全体を統一的に把握することを目指していた。とりわけ「枢軸時代」の重要性に着目してその意義と原因を探り、全世界史の構造を読み解こうとした。象徴的ではあるが、歴史というのは「人間の創造」という唯一の起源を持ち、最終的には「精神の永遠の王国」に至るという信仰を持っていたのである。しかし、ヤスパースは歴史の中に「神性」を取り入れようとはしなかった。「神性」を組み込んだ歴史観では、歴史の真の認識が妨げられて、逆に「神性」を冒涜すると考えたのである。

 神の介在を考えずに「枢軸時代」の原因を探ろうとしたところにヤスパースの誤りがある。地理的には遠く離れた位置にあり、相互に何の関係もないように見えるが、神の摂理という観点から見れば、明確な意図・目的・法則を持って各地域に精神的指導者を送りこんだと捉えることができる。「枢軸時代」という歴史的な謎を解き明かしてくれるのが、まさに統一史観の「六数期間の法則」である。
 紀元前6世紀頃からの精神文明の一大飛躍は、神の宇宙創造において人類始祖アダムが誕生するまでに六段階の準備期間を要したことに起因する。再創造歴史でも、第2のアダムであるメシヤ(イエス)を迎えるために神は六数期間前、すなわち6世紀前から準備していたのである。

 イエス降臨の準備のために、6世紀前に出現した宗教家や哲学者たちはメシヤが行く道を整える使命を持つ天使長の立場にあった。仏教は精神修養、儒教は人倫道徳、ギリシア哲学は科学・哲学の分野を各々担当した。「枢軸時代」において萌芽した世界宗教が現代における人間の人格や思惟を形成しているのである。「枢軸時代」には精神的指導者が出現すると同時に、各地域において大帝国が築かれていき、分裂や闘争を繰り返してきた小国家間を統一するに至った。シナにおいては秦・漢、インドにおいてはマウリヤ朝、西洋においてはローマ帝国であった。そのいずれの国においても「先人の残した精神への関係」は保持された。漢王朝は儒教を立てて、アショーカ王は仏教による統治を行い、ローマ帝国ではギリシャ・ローマ的教養を重んじた。

 しかし、これらの教えで説かれている愛と真理は完全なものではなく、部分的なものである。そのため結局、メシヤが降臨するときになれば、未解決の問題が顕わになり、無力化するようになった。神の子であるメシヤだけが真の愛を実践し、絶対的な真理を説くことができる。従来の無力化した宗教や思想は、メシヤが説く絶対的な愛と真理によって補強されて、再び光を取り戻すようになる。最終的には宗教統一、思想統一が成就されながら、その当時の大帝国を統合して神の愛を中心とした統一世界を実現するようになっていたのである。




【和源ゼミの回答】  16点 

 枢軸時代というものを調べてみると、確かに面白い。紀元前500年を前後して、中国、インド、イラン、パレスチナ、西洋などで、相互に何の関係もない精神的指導者たちないし思想・哲学が現れた事実がある。

 中国においては、孔子が儒教の源を提唱し、「仁」と「礼」という生活指針及び先祖崇拝を説いた。老子も道教創設の中心人物として、生と死に関する哲学を説きながら、儒教と同調し、儒教が国教となったのちも、ふと人々が立ち返る心のよりどころとなっていった。

 インドにおいては、言わずと知れた仏教成立の時期であると同時に、そのほかにもカースト制度などで知られるバラモン教(いわゆる古代ヒンドゥー教)の経典ともなったウパニシャッド哲学が活躍した。
 イランでは、ザラスシュトラがゾロアスター教の開祖として、一神教に近い考え方や善悪二元論を展開したし、パレスチナでは聖書のイザヤ書やエレミヤ書でしられる予言者イザヤ、エレミヤ、そして枢軸時代の少し前となるが、メシヤの前に再来することを予言したエリヤも現れている。

 また紀元前500年前後の西洋といえば、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの3大哲学者の時代である。「無知の知」「最高善」「理想主義」「現実主義」など、多くの言葉で飾られ、芸術や科学などの飛躍的な発展を遂げたこの時代を見れば、人類の精神世界が、飛躍的に成長したというのも大いにうなずける。

 しかし、このような精神的指導者たちが同時代に現れた原因については、枢軸時代の提唱者であるカール・ヤスパースの回答はとてもではないがお粗末なものであった。彼は、多数の小国家・小都市の群立と相互間の闘争の前後における政治的分裂・破壊及び不徹底、それと同時に起こった繁栄と引き起こされる危機、以上の諸状態に対する懐疑などがその原因であろうと考えた。しかし、これも、あまりのも広範囲に起こった事柄を無理やり理論づけたものでしかないように思われるし、突き詰めれば偶然の一致または連鎖反応的に起こったこととして処理されているのである。最終的には彼が認めたように、枢軸時代は歴史的な秘密であり、解くことができない謎となってしまうであろう。

 ここで、統一思想の歴史論における「六数期間の法則」が、この謎を解くカギとなるのである。「六数期間の法則」の出発点となるのは、旧約聖書の創世記にある神の創造の六日間である。すなわち、神がその一人子であるアダムを迎えるまでに、六つの創造の段階を踏んで初めてその創造をすることができた準備期間があったように、第二アダムであるイエス・キリストを迎えるにおいても、同様の段階(準備期間)が必要であった。そこで、六数期間を象徴する六世紀間に多くの精神的指導者を召命し、メシヤノための準備をしてこられたのである。これは、再臨のメシヤたる第三アダムを迎えるにおいても同様で、摂理的同時性から見て今の時代がその時であるとすると、いわゆるルネサンス期が六数期間の内容にあたる。もちろん、この準備期間の思想や哲学は完全なものではなく、メシヤが真の愛を実践し、絶対的な真理を説き、それらを通じて初めて宗教、思想、哲学の諸問題を解決することができる。

 以上のことから、「六数期間の法則」をもとに、枢軸時代を考察すれば、それが神の摂理的に必然的な出来事であったということがわかる。




【八ツ橋ゼミの回答】  14点 

 原理講論によれば、「人類歴史は、堕落した人間をすくい、彼らをして創造本然の善の世界に復帰させるためになされた復帰摂理歴史である」と定義される。さらにアダムによって悪を中心に出発した人類歴史は、第二のアダムとしてこられるメシヤの降臨を転換点としてこられるメシヤを通じてなされるのである。聖書によれば、アダムは創造の6日間の神の投入を経て生まれたことから、第二のアダムたるメシヤも同様の六数の準備期間を通じて初めて地上に降り立つことができるのである。これが六数期間の法則が必要となる理由なのである。

 しかし、メシヤは罪悪にまみれた地上世界を、神中心の世界へと刷新していくという使命を担っている。ゆえに、彼が持つ思想・文化は、地上にそれまで蔓延している思想や文化等とは全く異なる、または相反する思想・文化とならざるを得ない。これを踏まえたうえで、もし何ら準備なくメシヤが地上に送られたと考えれば、メシヤの存在を望まないサタンによって、いとも簡単に殺害されてしまうと容易に想像できる。これを回避するためには、メシヤを求め、受け入れるべき堕落人間が彼をメシヤと認識することができる程度に、心霊的・思想的な成熟を迎えていなければならない。"枢軸時代"に現れた精神的指導者たちの担う役割は、地域に合わせて堕落人間の心を宗教的・思想的に開拓することだったのである。前六世紀ごろに生まれた孔子を中心とするシナ地域、釈迦を中心とするインド、ソクラテス等を中心とするギリシア、などで各々宗教的、思想的に善なる方向へ導こうとしたのである。

 人類歴史は神が主体となってサタンから人類を奪い返す歴史だったのである。しかしながら、ヤスパースは人類歴史が復帰摂理であるという事実を知らなかったために、
@人類歴史の主体は神
A人類を復帰させまいとするサタンの存在
B復帰摂理は再創造摂理であるために創造原理が基本になる
といった復帰摂理歴史の神髄を理解することができず、外的に『枢軸時代』のような現象が起きたことに気づくことはできたが、「どうしてそのような現象が起きたのか」、「どのような理由があるのか」といった問題は解くことができない謎とするにとどまったのである。




【東北大STゼミの回答】  10点 

 六数期間の法則とは神の摂理の重要な中心人物であるメシヤを立てるためには、六数で表される準備期間が必要というものである。メシヤを立てると言っても、単純に誕生すればいいというものではない。歴史の目的は人類を復帰して創造本然の世界を取り戻すことであるから、メシヤが誕生するだけでなく、そのメシヤを全人類が受け入れて一つにならなければならないのである。そのためにはメシヤが語る内容や目指す目的に対して共感できるだけの内面的な準備が必要なのであり、だからこそメシヤたるイエス・キリストの誕生する600年程前から世界各地で次々と精神的指導者が表れていったのである。

 実際にアジア圏の中心である中国における枢軸時代の様子を見てみる。このころの中国は紀元前771年から始まる春秋時代であり、周王朝によって統一されていた諸侯達が分裂し互いに勢力争いを始めた混乱期であった。そのような時代ゆえに人間性や道徳性よりもいかに強い力を持っているかということが支配者階級に必要なことであったことから、仮にその状態でメシヤを迎えたとしても、メシヤが説く真の愛の教えを受け入れることは困難と思われる。そんな中で人々の内面性を導いていったのが諸子百家である。特にその先駆けとなる孔子は紀元前550年頃に産まれたとされ、結果の為ならば手段を選ばない時代の中で精神性の重要性を説いた人であり、最もイエスに近い思想を説いた思想家の一人である。孔子は精神性の向上は徳を完成させることにあるとし、仁を中心とした徳を完成させたものが民衆を導いていくことで理想社会ができるとした。さらに孔子の言う仁とは人を愛する親愛の情であり、他の為に自己を犠牲にする愛であることから、イエスの説かれたアガペーの愛に通じるものが多くあり、メシヤを迎えたときに民衆がメシヤと一つになりやすい環境を築いていったのである。その後、漢によって中国から朝鮮半島、北ベトナムまでに至る広大な領土が統一された後、それを継承して紀元前8年に王莽によって建国された新では儒教を国教と定めて、メシヤとすぐにでも一つになる準備がなされていたのである。

 このように、世界各地で精神的指導者が表れたのは、その後でメシヤを迎える為の基盤をつくるためであり、これは歴史が創造理想の成就を目的とする為である。





【審査員のコメント】 

 「枢軸時代」の謎を解く上で、六数期間の法則について説明する必要がある。このとき、神はアダム創造のときに六日を費やされたように、第二アダムであるメシヤ(イエス)を迎えるに際しても、やはり六数期間をもって摂理される、という観点が不可欠。
 TOALAゼミは全体的によく調べており、「枢軸時代」に着目したヤスパースの歴史観にまで踏み込んで考察しているので、回答に説得力があった。ただ、字数制限を大幅に超えている点は気になった。
 和源ゼミは論理展開の観点や流れが良く、回答の形としてはきれいにまとまっていた。しかし、一部口語的な表現も見受けられるので、もう少し踏み込んで調べる力、文章を洗練させる力があると良い。
 八ツ橋ゼミは、六数期間の説明はまとまっていた。しかし、中盤以降は主に「メシヤ」という観点での考察となっており、もう少し「枢軸時代」の謎に具体的に踏み込んだ説明がなされていると良かった。
 東北大ゼミも努力の跡は見受けられるが、「なぜ六数期間なのか」という部分の説明が不十分だったのと、歴史的事実の中でも特に中国に関する具体例が回答の大部分を占めており、全体的にバランスが悪い印象を受けたため、評価が低くなっている。




posted by W-CARP JAPAN(ワールドカープ・ジャパン/全国大学連合原理研究会) at 15:01| 統一思想AL 第5回 歴史論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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