2011年05月12日

歴史論 基礎問題Q1



Q1:統一史観の基本的立場を説明せよ
<統一思想要綱 P468〜P472>








【TOALAゼミの回答】  3点 

 統一史観の基本的立場は、統一原理の復帰原理に基づいた立場であるが、歴史を三つの観点、すなわち罪悪史、再創造歴史、復帰歴史として見るのである。

 統一史観は、歴史に法則が作用してきたと主張するのはもちろん、その法則に創造の法則と復帰の法則という二組の法則があることを明らかにしている。これは、神学的立場でありながらも、見事に歴史法則を定立しているのであり、それによって今日まで非科学的と見なされてきた神学的歴史観も社会科学として扱われるようになるのである。

 歴史はいつ、いかにして始まったのかという歴史の始元に関しては、統一史観は人間の創造と堕落を歴史の始元と見る。
また人類の始祖に関して、統一史観は創造原理の法則に則って、人類の始祖はアダム・エバであるとする一元論を主張する。

 歴史の目標は高い次元における創造理想世界への復帰であり、歴史の方向はその復帰の方向である。ただし、歴史の過程は非決定的であって、人間、特に摂理的人物たちの自由意志(責任分担)に委ねられている。




【八ツ橋ゼミの回答】  2点 

 歴史の始元は人間の創造と堕落にあり、創造理想世界への復帰という目標に向かって歴史は進行してきたとする立場。

 これは、歴史を罪悪史、再創造歴史、復帰歴史の3つの観点からとらえているということである。

 決定論か非決定論かという問題に関しては、歴史は神の責任分担と人間の責任分担に起因して進行するため、歴史の目標と方向は決定的であるが歴史の過程は非決定的であるという責任分担論をとる。

 また、歴史の進行は直進か循環かという問題に対しては、発展と復帰の組み合わせで進んできたため、螺旋の形状をとるとしている。




【東北大STゼミの回答】  2点 

 統一史観は統一原理に基づく神学的立場から歴史の法則性やどのように始まりどこに向かっていくかなどの問題を3つの観点から説明しているものである。

 第一の観点は歴史が人間の堕落という罪により始まった罪悪史であり、本来の姿で出発できなかったがゆえに闘争や惨劇が繰り返されてきたというものである。

 第二の観点は、歴史は神が人間堕落により喪失した本然の世界を取り戻すための再創造歴史であるというものである。そのため本然の基準を失った唯一の存在である人間に預言者などによりみ言を伝え導くことで、み言による天地創造の再現をしてきた歴史である。

 第三の観点は、歴史は堕落で失われた理想を取り戻そうとなされてきた復帰摂理歴史というものである。そのため、歴史の目的は神の理想からなる本然の世界を創ることにあり、歴史はそこに向かって流れているという歴史観が成立する。




【和源ゼミの回答】  2点 

 統一史観の基本的立場は復帰節理に基づいて、三つの観点から歴史を分析している。

 第一に罪悪史としてのものであるが、これは聖書に出てくるアダムとエバの堕落によっておこった失楽園の物語である。

 ゆえに、統一史観では人間始祖に関して、多元論ではなく一元論の立場をとる。
人間始祖の堕落ゆえに、人類は正常的な歴史を出発することができず、対立と葛藤、戦争と苦痛、悲しみと惨状などでつづられる混乱の歴史を出発し、今なおそれが受け継がれている。

 第二に再創造歴史としてのものである。

 上記のように、人間の歴史が罪悪から出発してしまったので、人間は霊的死の状態に陥ってしまった。ゆえに人類は、本然の人間の姿を失ったと同時に、人間を中心として造られたこの被造世界も、その本然の姿を失ってしまったのである。そのため、神は歴史を通じて人間を再創造し、世界を再建する摂理を出発されるようになった。ゆえに、これは摂理歴史であると同時に、再創造歴史となったのである。したがって、神が創造の業を行った時と同じ法則(創造の法則)とみ言が、そのまま歴史の摂理のも適用された。ただし、堕落は人間だけの堕落であったから、宇宙を再び創るのではなく、人間だけの再創造歴史であることを取り違えてはならない。

 第三に、復帰歴史として。再創造と復帰では微妙にニュアンスが違う。

 再創造においては創造原理を中心として、創造の喜びを持ったものとなるが、復帰は、失われたものを取り戻していく歩みであるので、戒めや戒律などの守らなければならない条件が多い。そういった性格を踏まえたうえで、再創造歴史の出発とともに、罪悪の世界と罪悪の人間を、本然の世界と本然の人間の姿に再び復帰する摂理が始まったのである。人類歴史が復帰摂理歴史となったのはそのような理由のためである。

 そして、この統一史観が評価されるべき点は以下の三つである。

 まず、このような歴史観ゆえに、歴史の目的も、高い次元における創造思想世界への復帰であり、歴史の方向はその復帰の方向である。
したがって、歴史の目標と方向を明示したという点がそれである。

 つぎに、その目標は確かに神によって決定的なのであるが、いかにして達成するかは、決定されていない。というよりも、人間がその使命や責任を果たしているかによって左右されているため、神もそこに関与することはできない。この、人間の「責任分担」を説いた点が二つ目である。

 最後に、歴史の法則性を見出したという点である。創造の法則と復帰の法則という二つの法則の発見により、唯物史観の虚構性が如実に暴かれるようになったことは、なんとも驚くべきことである。

 以上が、統一史観の基本的立場である。




posted by W-CARP JAPAN(ワールドカープ・ジャパン/全国大学連合原理研究会) at 15:19| 統一思想AL 第5回 歴史論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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