2011年05月12日

歴史論 基礎問題Q5



Q5:従来の歴史観(循環史観、摂理史観、精神史観、唯物史観、生の哲学の史観、文化史観など)と統一史観を比較し、統一史観が従来の歴史観を統一しうるものであることを説明せよ
<統一思想要綱 P511〜P513>









【TOALAゼミの回答】  3点 

 統一史観は、再創造と復帰という二つの面から歴史をとらえる。つまり、創造理想世界の実現に向かい発展する直線運動とともに、摂理的人物を立て蕩減の法則により失われた創造理想世界を復帰する円環運動の性格を合わせ持つ螺旋形運動としてとらえる。

 また、統一史観は責任分担論を主張する。歴史の目標は決定的であるが、摂理的な事件の成就には神の責任分担のほかに人間の責任分担の遂行を必要とし、歴史の過程は非決定的だとする。

 このように、従来の歴史観は統一史観の一側面を強調していたものだと分かる。それゆえ、統一史観は総合的、統一的な歴史観だといえる。




【東北大STゼミの回答】  2点 

 従来の歴史観は細部においては異なっているが、大きく二つの観点から分類できる。

 第一の観点は歴史を終わりなき円運動ととらえるか直線運動ととらえるかである。循環史観などは、歴史は同一の過程を反復すると考えるのに対し、精神史観などはある目的に向かって直線的に変化していくと考えるのである。ここで統一史観はで歴史は同時性を持ち、創造理想に向かうと考えるのでこれらを融合した螺旋運動と考える。

 第二の観点は、歴史の流れは決まっているかどうかということである。摂理史観などでは歴史はすでに決定されているとするのに対し、トインビーの文化史観などでは歴史は人間の自由意思によって変わるとされている。ここで統一史観は創造理想が成されることは決定されているとしながらも、その過程は人間の責任分担の遂行いかんいより変化するという決定的立場と非決定的立場を包括した立場をとる。

 これらのことから、統一史観は従来のすべての歴史観を統一できるものと考えられる。




【八ツ橋ゼミの回答】  1点 

 従来の歴史観では、歴史は円環運動か、それとも直線運動かという問題や、決定論か非決定論かという問題がはっきりしなかった。
 しかし、統一史観では、歴史は螺旋形運動をし、決定論と非決定論の二面性を持つ責任分担論であるとした。これは、それまでの歴史観による問題を統一し、解決するものである。




【和源ゼミの回答】  1点 

 従来の歴史観について第一に、歴史を円環運動と見るか直線運動と見るかで区別することができるが、これらは人類歴史における挫折と復興の意義が理解できなかったり、国家や文化の滅亡は運命的なものとなって希望を見出すことができない。

 第二に決定論か非決定論かという問題である。決定論は、人間は常に歴史の力や法則に引きずられている受動的な存在にすぎず、人間の自由意思による努力によって歴史を変えていくのは不可能となっており、非決定論は歴史の未来像は不明であって、未来に希望を持つことはできない。

 これらに対して統一史観は前進的性格とともに、円環運動の性格を合わせてもった螺旋形運動の歴史であったと見ることができるし、歴史の目標は決定的だが、歴史の過程は神と人間の双方の責任分担を要する非決定的な面も持つ。

 このように従来の歴史観はそれぞれ統一史観の一側面を強調していたことが分かると同時に、統一史観が総合的、統一的な歴史観であることがわかる。




【審査員のコメント】
※本誌「MOONISM」に掲載した【TOALAゼミ】に対するコメントのみ

統一史観が「螺旋形運動」「責任分担論」の二つを主張している点と、従来の歴史観は統一史観の一側面を強調したものであることから、統一史観は総合的、統一的な歴史観であると言える点の二つがきちんと説明されており、高く評価した。



posted by W-CARP JAPAN(ワールドカープ・ジャパン/全国大学連合原理研究会) at 15:56| 統一思想AL 第5回 歴史論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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